2018年6月24日日曜日

仏壇の魂抜きと移動

リフォームに伴い、仏壇を一時移動します。

仏壇やさんに修理がてら置いてもらう、そもそも仏壇を小型にするなどいろいろやり方はありますが、我が家の菩提寺でリフォーム中は仏壇を預かっていただけることになり、魂抜きと移動をしました。


無事お経をあげていただき、移動となったのですが、仏壇が重いこと重いこと。
菩提寺の住職さんも大工さんも、「3つか4つに割れるのでご家族で簡単に運べますよ」と言っていたのですが、なんのなんの・・・
古い仏壇なので、一般的な仏壇の2倍くらいの大きさがあり、難儀しました。。。
いやいや、室内に収まっていると大きさがよく分からんもんです、とは住職さんの談。

仏壇がなくなると、一気に家が空になったような感じがします。




荷物の運び出し

とにかく荷物を運び出します。

残すものと捨てるものの判別は母親担当。
祖母がいる頃に一通り片付けているので、私よりは判別がつきます。
残し過ぎても置き場がないし、捨て過ぎても後悔が残るので、難しい仕事です。

あとの人たちは、運搬とゴミ捨て担当。

ダンボール箱だけで100箱程度になりました。


2018年5月12日土曜日

キッチン、風呂、トイレ

施工してくれる大工さん御用達ということで、
タカラスタンダード」さんのショールームに行きました。
\ずっと「愛せる」ホーローは、タカラスタンダード。/
まだ改築前ですが、都合2回お邪魔し、根掘り葉掘り色々伺ってきました。

水回りについては、フルオーダーにするか、メーカー物にするか悩みました。
フルオーダーにしても最終的に使いやすいものができるかどうかわからないので、メーカー側で最大公約数的な設計がされているのでメーカーのものから選ぶことにしました。

水回りのメーカーは色々ありますが、オールホーローの耐久性に惹かれてタカラスタンダードのものにする予定です。
デザインが今一つ垢抜けない、という評判があるようですが、そもそも古い家なので、モダンでおしゃれなものよりも、質実剛健的なデザインが似合いそうなので、あまり気にはなりませんでした。あと、ショールームでの担当者の方が自社製品愛用歴20年のベテランさんで、良い点も悪い点も使用者目線で話してくれたのも決め手の一つです。(さらにその方、今回施工依頼する予定の大工さんのこともご存知でした)

実際どの商品にしたのかは、追い追いということで。

2018年4月24日火曜日

新しい間取りの検討

古い家である事と、何度も何度も改装しているので、正直どれくらいの状態にあるのかは、内装を剥いでみないとわからない。
2階建てではあるのですが、2階は1階の目処がついてから考えるとして、まずは1階の間取りのプランを練りました。

大工さんと打ち合わせし、補強すべき所、外せない壁などを大枠決めて、室内の間取りを決めて行きます。

まずは落書きレベル。

間取りを決めて、さらに赤入れ。
大体は決められるけど、やっぱり最後は解体してみてになります。
それでも、方向性があるのとないのとでは、コンセプトに寄せていけるかどうか、と言う点で大きく異なるはず。

…こういうのは、有りたいイメージが具体的であればあるほど却って手間がかかります。
おそらく、大工さん側も、少々鬱陶しいのかもしれません。。。
が、大枚はたく訳なので、変なところで妥協しては勿体無いので、よくよく考え、プロの意見を尊重し、納得いくように仕上げられたらと思います。

2018年3月23日金曜日

2018年3月10日土曜日

無くなりつつある、町屋のある町

わが家がある通りは昔からの商店街で、城跡があり、神社もあることから、かなり前からの中心街であったことが推測できる。
昭和初期の写真などを見ると、周りは一面の田んぼだが、このあたりだけは街並みがあることが確認できる。

昔栄えた場所ほど、今風の家を建てるには向いていなくて、かつての賑わいがあった頃の姿を残している建物はほんのわずか、点在しているにすぎない状態です。



こう言う風景があった事は市としても残したいらしく、市が立てた町屋の保存館があります。

町家再生、リフォーム、保存は、京都、金沢、長浜、近江八幡が熱心なようで、情報がたくさんありますが、以下のような記事が出ていることを見ると、どこも苦戦はしている模様です。

ワコール宿泊事業参入、透ける京町家の危機


2018年3月9日金曜日

こんな雰囲気にしたい

フォトエッセイ風なので、どうしてもビジュアルに感化されます。
時間がゆっくり流れているような空間にしたい。

縁側のある家と暮らし

…何をこのブログに載せても、「陰翳礼讃」だけは避けて通ろうと思う。今の所は。

わが家の変遷

私のご先祖様が、と言っても3代前なので、ひいおじいさんが、なのですが、今の土地に家を買って移ってきたのが大正のどこかあたりだと思われます。
その時に購入したのが、明治24年登記の我が家。
話によると、どうやら同じような比較的大ぶりな造りの町屋が2棟並びで立っているところを両方買ったようです。
そこで、今の町で当時3件しかなかった診療所を開いた、と聞いています。

移ってきた当時は2件連なっていたと聞いていますが、現在は南側の建物はなく、紆余曲折があって北側の建物も南側1/3を切り取って新たに壁を作った状態で残っています。また、北側の建物の東側には、平屋の居間が60年くらい前に増築され、何度かのリフォームを経て現在に至ります。
120くらい前と今。右側が北。

残った建物は、当時の都合により「1/3ほど切った」ことにより、現在では建物がちょっと歪んでおり、4代目がリフォームしようとする時に頭を抱える問題を産むことになるとは、当時はよもや思っても見なかったのではないでしょうか…
というか、まだリフォームして使おうとしていることそのものに、曽祖父も祖父も祖母も草葉の陰で内心驚いているかもしれません。
昔の人ほど、新しいもの好きだったりしますからね。

2018年2月27日火曜日

そもそも町屋とは

Wikipediaで「町屋(商家)」を検索すると、こんな記載があります。

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町屋(まちや)とは、民家の一種で町人の住む店舗併設の都市型住宅である。町家(まちや・ちょうか)ともいう。同じ民家の一種である農家が、門を構えた敷地の奥に主屋が建つのに比べ、通りに面して比較的均等に建ち並ぶ点に特徴がある。経済の発展と平行して商人が資本を蓄積し、明治時代には現在の川越に見られるような蔵造の重厚な建物も建てられ、表通りは華やかな風景が作り出されていた。商人による多大な財の蓄積によって建てられた町屋は全国に残っており、技術的にも意匠的にも日本の住宅の水準の高さを表すものとなっている。

地方の町屋
地方城下町や宿場町、港町、門前町、在郷町などにも多くの町屋が建てられていたが、そこにも地方独特の町屋が成立していた。その間取りは、京都町屋の通り土間形式のもの、江戸町屋の前土間を少し広くしたもの、そしてその二つが融合したものに分かれる。京都に近い地域では京都の通り土間形式が、それより遠隔の地域は前土間形式や融合形式が多い。それらの町屋にも竪格子がみられるが、それは京都町屋の京格子が全国の町屋に広く普及したものである。
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わが家になる予定の建物も、ほぼほぼこの通りで説明でつきます。
昨今、急速に消滅しつつある、町屋の商店街。
わが家の成り立ちとこれまでの変遷については、またの機会に。