わが家がある通りは昔からの商店街で、城跡があり、神社もあることから、かなり前からの中心街であったことが推測できる。
昭和初期の写真などを見ると、周りは一面の田んぼだが、このあたりだけは街並みがあることが確認できる。
昔栄えた場所ほど、今風の家を建てるには向いていなくて、かつての賑わいがあった頃の姿を残している建物はほんのわずか、点在しているにすぎない状態です。
こう言う風景があった事は市としても残したいらしく、市が立てた町屋の保存館があります。
町家再生、リフォーム、保存は、京都、金沢、長浜、近江八幡が熱心なようで、情報がたくさんありますが、以下のような記事が出ていることを見ると、どこも苦戦はしている模様です。
ワコール宿泊事業参入、透ける京町家の危機
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